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熊本地方裁判所 昭和31年(わ)574号 判決

被告人 有働章

主文

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を納めることができないときは、被告人を一〇日間労役場に留置する。

被告人に対しては、公職選挙法第二五二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は郵政事務員として熊本県玉名郡菊水郵便局に勤務する国家公務員でありながら、昭和三一年七月八日施行の参議院議員通常選挙に際し、熊本県地方区から立候補し、同年六月一二日立候補届出を了した森中守義候補を支持し、同候補を当選させるため、同年六月二五日頃から同年七月五日頃までの間特定の右候補者に投票を得しめる目的をもつて、別表記載のとおり、熊本県玉名郡菊水村大字瀬川一、〇一四番地選挙人宮本毅方外六戸を戸別訪問して、右候補者に投票するように勧誘運動をし、もつて、政治的目的のため政治的行為をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中、戸別訪問の点は公職選挙法第一三八条第一項、第二三九条第三号に、政治的行為をした点は国家公務員法第一〇二条第一項、第一一〇条第一項第一九号、人事院規則一四―七第五項第一号、第六項第八号にあたるところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、重い国家公務員法違反罪について定めてある刑に従い、所定刑中罰金刑を選び、罰金等臨時措置法第二条を適用の上、その所定金額範囲内において、被告人を罰金三、〇〇〇円に処し、右罰金を納めることができないときは、刑法第一八条により、被告人を一〇日間労役場に留置し、情状により公職選挙法第二五二条第三項を適用し、被告人に対しては同法第二五二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用せず、証人満原久光、同宮本毅、同東時雄、同富永昌人、同古川正人、同満永深、同前田昇、同西村俊蔵、同堤ヤヨイ、同吉富重信、同田上キトエ及び同富永一弘に支給した分の訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、全部被告人の負担とする。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、国家公務員法第一〇二条は政治的行為の内容を人事院規則に委任しているが、それは、いわゆる白地立法であり、しかも、思想、表現の自由を禁止したもので、基本的人権を害し、憲法に違反する無効の規定である。旨の主張について。

国民の基本的人権は、もとより憲法の保障するところではあるが、元来、国家公務員は国民全体の奉仕者であるから、一般国民に比べ、その政治的行為につき制約を受け得る場合のあることも、また、憲法の予期するところであるといわなくてはならない。しかして、国家公務員法第一〇二条第一項には「職員は政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らかの方法をもつてするとを問わず、これ等の行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」旨規定している。それで、右法条の規定によると、国家公務員の「政治的行為」は一切禁止する趣旨でないことは自ら明らかであるが、他面、右法条による人事院規則に委任した「政治的行為」は無制限ではあり得ない。人事院規則で定め得べき「政治的行為」は右法条に例示的に定められた程度に一定の限界があり、その限界の定め方は、国民全体の奉仕者である国家公務員が中立性を保持する上からいつて止むを得ない制限であるといわなくてはならない。されば、その制限をもつて、直ちに憲法の保障する思想、表現の自由を禁止し、基本的人権をじうりんするものということはできない。そこで、更に、人事院規則一四―七の規定をみれば、それには裁判所法第五二条所定のような抽象的規定をおかず、特定の「政治的目的」、特定の「政治的行為」と、それぞれ具体的に列挙され、右列挙された「政治的目的」と「政治的行為」とを禁止することは、国家公務員の中立性を保持し、公共の福祉を満足するに最小限のものと認められるところである。してみれば人事院規則の右規定は、いずれも、国家公務員法第一〇二条第一項の精神と合致し、その内容をなしているので、その授権の方法は右委任事項に関する限り適当であり、何ら授権の範囲を逸脱していないとみるのが相当である。それで国家公務員法第一〇二条第一項の規定は、憲法の基本的人権乃至罪刑法定主義を定めている規定に違反するものでなく、従つてまた、人事院規則一四―七の規定も右国家公務員法第一〇二条第一項の精神に合致し、その内容をなしている以上、実質的にも形式的にも憲法に違反する無効のものということはできない。それ故、弁護人の右主張は採用するに由ない。

第二、公共企業体等労働関係法規の適用を受けている日本国有鉄道、日本電信電話公社、日本専売公社の職員に対しては、政治的行為を禁止せず、同じく同法規の適用を受けている郵政省の職員に対してのみ政治的行為を禁止しているのは、憲法第一四条の法の下における平等の原則に反する。旨の主張について、

日本国憲法第一五条第二項は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」旨規定している。これは、国家公務員の勤労関係の相手方である使用者は、表面は政府であるが、その実質は国民全体であることは、憲法第一五条第一項の「公務員を選定し及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」旨の規定に照らし自ら明らかなところである。しかも、使用者である国民全体と国家公務員とは信託奉仕の関係にあつて、企業体におけるように、単なる労使対等の取引関係にはないものというべきである。従つて、国家公務員が、その政治的行為につき制限を受けるのは、右のように、その国家公務員としての特殊的性格からいつて、憲法自体が既にこれを予定しているものといわなくてはならない。それ故、国家公務員法も憲法第一五条の規定に基き、その第九六条の第一項をもつて「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」旨その服務の根本基準を定めた所以である。

しかして、郵政省の職員が国家公務員であることは、国家公務員法により明らかであり、しかも、その国家公務員たる地位は、郵政省の職員になる者の自由意思に基き、任命権者の任命により取得される身分関係であつて、その身分は憲法第一四条にいわゆる社会的身分とは自ら異なるものである。されば、公共企業体の職員に比較し、その処遇において多少の差異があるとしても、そのことは前説示のとおり、国家公務員の特殊的性格からいつて憲法自体が既に予定しているところである。それで、郵政省の職員に対する政治的行為の禁止は、他の国家公務員と同様、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により差別するものでないことは勿論、その政治的行為を禁止したとしても、その一事をもつて、直ちに、公共企業体の職員に比し、特に不合理な差別待遇を加えたものということもできない。さすれば、公共企業体等労働関係法規の適用を受ける郵政省の職員に対する政治的行為の禁止は、同じ同法規の適用を受ける公共企業体の職員と異なり、国家公務員たる特殊的性格からきたものであり、従つて、その政治的行為の禁止は、すべて国民は、法の下に平等であるとの憲法第一四条の規定に違反するということはできない。それ故、弁護人の右主張も理由がない。

第三、公職選挙法違反罪については、昭和三一年政令第三五五号大赦令により赦免となつたが、同令第二条によると公職選挙法違反罪にあたる行為が、同時に他の罪名に触れる場合は赦免しない旨規定されている。しかし、右は、すべて、国民は法の下に平等である。との原則に反し、憲法第一四条に違反する。旨の主張について。日本国憲法第七三条は「内閣は他の一般行政事務の外左の事務を行う」とし、その第七号に「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること」と規定している、しかして、恩赦法第二条によれば「大赦は政令で罪の種類を定めてこれを行う」とあるから、前記政令第三五五号の大赦令においては、その第一条により赦免すべき罪の種類を五種類挙げ公職選挙法に違反する罪もその一つであることが明らかである。更に、同令第二条においては「赦免すべき罪に当る行為か、同時に他の罪名に触れるとき又は他の罪名に触れる行為の手段若しくは結果であるときは赦免しない」旨を定めている。右大赦令は恩赦法に基き、大赦を行う目的の上からその第一条において犯罪の種類を定めたものであるが、しかし、同令第二条所定の所為については、前掲法令の適用の部において摘示したとおり、刑法第五四条第一項を適用すべき場合にあたるから、この場合には特に赦免しない旨を定めたものである。けだし、元来、刑法第五四条第一項の規定は、同法第四五条の併合罪に関する規定の場合と異なり、一罪に関する規定であつて、数罪の処断方法を規定したものではない。刑法第四五条の併合罪は数罪に関する場合であるから同法第五二条により、或る罪につき大赦を受けた場合においては、特に大赦を受けない罪につき、その刑を定めることになつているが、同法第五四条第一項の場合は同法第五二条の規定の適用はないのである。それで、赦免すべき罪にあたる行為が同時に他の罪名に触れる場合は、刑法第五四条第一項前段の法意に照らし、これを一罪として処断すべきであつて、これを分別して処断し得ないから、右大赦令第二条の規定の設けられたのは理の当然であるといわなくてはならない。そこで、被告人の本件所為をみるに、被告人の本件所為は、一面、公職選挙法に違反する罪にあたり、同時に、他面、国家公務員法に違反する罪に触れ、刑法第五四条第一項前段の規定を適用すべき場合にあたるから、被告人の公職選挙法に違反する罪は前叙説示するところにより赦免されない筋合である。さすれば、公職選挙法違反罪を犯した者に対してはその悪質なものであつても、前記大赦令第一条により赦免し、本件罪質の軽い公職選挙法違反罪を犯した被告人に対しては同令第二条に基き赦免しなかつたその理由は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地によりこれを差別したものということはできず、前説示するように、一に、被告人の犯した犯罪の種類態様によることが明らかであるから、所論の事由をもつて、直ちに、国民は法の下に平等であるとの憲法第一四条の原則に反するものとはいい得ない筋合である。

殊に、被告人に対する本件公職選挙法違反罪の法定刑は、一年以下の禁こ又は一万五千円以下の罰金刑であり、国家公務員法違反罪の法定刑は三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金刑であつて、被告人に対しては、刑法第五四条第一項前段第一〇条を適用して、重い国家公務員法違反罪について定めてある刑に従い処断する場合にあたるから、被告人に関する限り、実質上からみても何等不利益を及ぼすものでないというべきである。

以上の理由により、弁護人の右主張も採用するを得ない。

第四、街頭で会つた人に、投票を依頼する行為は、個々面接行為であつて、政治的行為にあたらないから、被告人の所為は、国家公務員法、人事院規則に違反しない。旨の主張について。

元来、公職選挙法第一三八条所定の戸別訪問は、投票を得又は得しめる目的をもつて、選挙人方を戸別に訪問することによつて成立するもので、ここに、戸別訪問とは、被訪問者をその居宅に訪う場合は勿論、社会通念上被訪問者何某方と解される場所、即ち、何某方の庭先、居宅外の小屋、事務所、勤務先、または何某方の木戸口附近等に訪問した場合、更に前記目的をもつて訪問後、面接した場所が、たまたま道路その他の屋外であつた場合をも包含するものと解すべきである。しかして、判示事実認定の資料として挙示した証拠によれば、被告人は判示森中候補に対する投票を得しめる目的をもつて、判示のように連続して、被訪問者宮本毅方においては、同人方の入口附近の道路において、同人に対し、東時雄方においては、同人方の屋内において、同人に対し、富永昌人に対しては、同人の事務所において、同人に対し、古川正人方においては、同人方表の間入口附近において、同人に対し、満永深方においては、同人方縁側において同人に対し、前田昇方においては、同人方外庭において同人に対し、満原久光方においては、同人方の縁側において同人に対し、それぞれ面接して戸別訪問をしたことが認められるから、被告人の右所為は公職選挙法第一三八条の戸別訪問にあたること多言を要しないところである。しかして、被告人の右所為は、同時に人事院規則第一四―七に規定してあるいわゆる政治的行為にあたること前段説示のとおりであるから、国家公務員法第一〇二条の規定に違反すること勿論である。それ故、弁護人の右主張も理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(別表略)

(裁判官 山下辰夫)

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